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京都地方裁判所 昭和36年(ヨ)307号 判決 1961年11月24日

申請人 倉橋勇 外七名

被申請人 八光自動車株式会社

主文

一、本案判決確定に至るまで

(1)  被申請人は、申請人等八名を被申請人会社自動車運転手として取扱うこと

(2)  被申請人は、仮に、申請人倉橋に対し金八六、四五三円を、申請人東前に対し金一〇九、七七四円を、申請人岩田に対し金一〇八、〇八〇円を、申請人青山に対し金一一九、〇九九円を、申請人井上に対し金一〇二、八二六円を、申請人林に対し金九三、四六五円を、申請人下間に対し金八六、〇九一円を、申請人石田に対し金一四〇、八八一円を、各支払うこと

(3)  被申請人は、申請人等に対し、それぞれ昭和三六年一一月一日以降一箇月別紙第一記載の割合による金員を毎月末日限り各支払うこと

を命ずる。

二、訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人等代理人は、主文同旨の判決を求め、

その申請理由として、

(一)  申請人倉橋は昭和二九年七月三〇日より、同東前は昭和三二年八月二六日より、同岩田は昭和三一年八月二四日より、同下間は昭和三〇年三月三日より、同青山は昭和三四年五月二九日より、同林は昭和三〇年三月一六日より、同井上は昭和三一年三月一六日より、同石田は昭和三二年一月一六日より、それぞれ被申請会社の自動車運転手として雇われ同会社に勤務中であつたが、昭和三六年七月一二日同会社から「同年七月三日逮捕捜索をみた強要、監禁、致傷事件並びにその他の責任による(就業規則第五六条違反)」との理由で懲戒解雇の通告をうけた。

(二)  しかしながら右解雇(以下単に本件解雇という)は無効である。けだし申請人等はいずれも申請外八光自動車労働組合(以下単に八光労組という)の組合員であり、右組合は申請外全国自動車交通労働組合連合会京都地方連合会(以下単に京都地連という)を上部団体としてこれに加盟し、更に京都地連は申請外全国自動車交通労働組合連合会(以下単に全自交という)を上部団体としてこれに加盟しているが、

(1)  本件解雇は、昭和三六年六月二八日(京都地連加盟労働組合の各所属する被申請会社を含む八会社の代表団体である)統一交渉特別委員会(以下単に交渉委員会という)と全自交及び京都地連間に成立した労働協約(以下単に第一協約という)に違反しているので無効である。(なお後二者は八光労組のため協約締結権を有していた。)即ち右協約には覚書を以て、「交渉委員会で取りきめた以外に各社で、京都地連の了解を得ない限り特別な取扱を一切組合員に行わない。従つて条件の変更は双方の了解点に達した場合、全組合員にこれを適用する。」「会社は今次争議に関連して組合員に一切の責任を問わない」旨定めているところ、本件解雇事由は、申請人等が京都地連の指令に従い、傘下組合とともに、同年四月二日から拒否されていた(後記)統一団体交渉(以下単に統一団交という)の再開を、被申請会社に申入れていた経過中の所為、即ち統一団交と密接不可分の、従つて右協約にいう今次争議に関連する所為をさすから、結局本件解雇は右協定の定めに反し無効である。ちなみに今次争議の経緯は次のとおりである。即ち(い)(イ)京都地連が昭和三六年一月同年度春闘につき、「その要求事項は完全月給二万七千円、一律歩合六パーセント、完全八時間制、最低賃金制度、道交法施行に伴う犠牲者の補償要求等」と、「その闘争方針は傘下組合の統一要求、統一行動」と各決定し、(ロ)次いで全自交、京都地連及び八光労組を含む京都地連加盟各組合(以下単に加盟組合という)が同年二月一日八会社に対して統一団交の申入をし、(ハ)同月一三日右各会社が交渉委員会を設置してこれに応ずる旨回答し、(ニ)同日八光労組が臨時大会でスト権を確立し、団体交渉権、協約締結権並びに団体行動に対する指示指令に関する権限を京都地連に委任することと決定し、他方京都地連が加盟組合の決定に基き右権限を全自交に委任することと決定し、(ホ)同月二五日八光労組、京都地連が右各決定のとおりにその委任をなし、(ろ)こうして同年三月一三日を初回として交渉委員会と全自交及び京都地連間に十数回の団体交渉が重ねられ、その間右委員会の不誠意な態度や回答のため、組合側としては二四時間のハイタクストを九七日の長期にわたつて継続反覆せざるを得ず、(は)ようやく同年六月二八日に至つて労資双方了解点に達し右交渉が妥結し、協定書並びに覚書を以て第一協約が締結された。

(2)  仮に本件解雇が第一協約に違反しないにしても、該解雇は、昭和三六年七月三日被申請会社と京都地連及び八光労組との間に成立した労働協約(以下単に第二協約という)に違反しているので無効である。即ち昭和三六年七月三日京都府警本部が同年四月一三日の申請人等外の申請外畑信太郎に対する所為を監禁、致傷、強要にあたるとして、同人等を被疑者として逮捕したことから、同日京都地連並びに八光労組と被申請会社との間に、団体交渉が行われ、その結果、「被申請会社は申請人等を含め右刑事事件の対象とされた組合員の身分保障、賃金保障を行う」旨の労働協約が結ばれた。この協約は被申請会社が右のような組合員に対し使用者として保有する解雇権につき自律的制約を加えることを定めるものであるから、本件解雇はこれに反してなされたもので無効である。

(3)  仮に右(2)が認められないとしても、本件解雇は八光労組と被申請会社との間に昭和三四年一二月二一日成立した労働協約(以下単に第三協約という)に違反するから無効である。即ち同協約第八条は「会社は組合員を解雇するときはその理由を明確にし、本人の意向を徴した上、なおかつ会社と組合の意見を充二分に調整した上これを行う」、第一三条は「組合員の賞罰については賞罰委員会を設け、表彰及び懲罰規定により定める。ただし賞罰協議機関として会社組合同数の賞罰委員会を設置する」と規定している(なお同協約は第六〇条により昭和三四年一二月二一日から同三五年八月三一日までを有効期間とするが、第六一条に従いその有効期限を同三六年八月三一日まで延長されている)にかかわらず、本件解雇は右協約各条項所定の賞罰委員会の協議、本人の意向の聴取、会社組合間の意見の調整の各手続を経ないでなされたから無効である。

(三)  ところで、申請人等は被申請会社から、それぞれその運転手として、従来一箇月別紙第二記載の平均額の給料の支払をうけていたものであるが第一協約締結後一箇月につき該協約による新賃金体系を適用した別紙第一記載の額の給料の支払をうくべきであるにかかわらず、被申請会社は本件解雇以降申請人等を従業員として取扱わず、給料を支給しない。

(四)  そこで申請人等は被申請会社を相手取つて解雇無効確認等の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定を待つていては申請人等の生活が危険に瀕するので、従業員たる地位を保全のため被申請会社が申請人等を被申請会社自動車運転手として取扱い、かつ申請人等に対し昭和三六年七月一三日以降一箇月それぞれ別紙第一記載の割合による金員を毎月末日限り支払うとの仮処分を求めるため本件申請に及んだ

と述べ、

被申請会社の抗弁事実を争い、……(疎明省略)と述べた。

被申請会社代理人は「申請人等の本件申請はこれを棄却する」との判決を求め、

答弁として『申請人等主張の理由事実中「(一)につき申請人石田が雇われた日時を除く爾余の事実」「(二)につき申請人等が八光労組組合員であり、八光労組、京都地連、全自交の各加盟関係がその主張のとおりであること、申請人等主張の日時に第一協約が成立し、同協約に申請人等主張どおりの文言の定めが存すること、昭和三六年二月一日全自交、京都地連及び加盟組合が申請人等主張の八会社に統一団交方申入れ、右各会社が申請人主張の交渉委員会を設置して交渉に応ずる旨回答した(ただし回答の日時は同年二月二三日である)こと、同月二五日八光労組、京都地連がそれぞれ申請人等主張のとおりの各委任をなしたこと、同年三月一三日を初回として右委員会と全自交及び京都地連間に十数回の団体交渉が重ねられ、その間組合側が二四時間のハイタクストを九七日間にわたつて反復継続したが、同年六月二八日右交渉が妥結したこと、同年七月三日京都府警本部申請人等外を逮捕したこと、昭和三四年一二月二一日申請人等主張のとおり第三協約が成立し、同協約には申請人等主張のとおりの各条項が存し、同協約はその第六一条により昭和三六年八月三一日まで有効であること、本件解雇は同協約第八条及び第一三条所定の手続を経ないでなされたものであること」、「(三)につき、被申請会社が本件解雇により申請人等を従業員として取扱わず給料を支払つていないこと」、以上の事実は認めるが、その余の点は争う。

なお、(a)申請人石田は昭和三二年一月一一日に被申請会社に自動車運転手として雇われた。(b)本件解雇は今次争議に関連して申請人等の責任を追求したものではない。ちなみに昭和三六年四月四日八光労組から被申請会社に労働協約に関する件、外諸件について団体交渉方申入があり、同月六日同会社が統一団体交渉のため忙殺されているので右交渉は暫時留保されたいと回答し、その後再び同月一一日同労組から団体交渉開始の申入があり、同月一三日同会社がこれに前同様の回答をしたところ、申請人等は右各回答を納得せず、その頃連日のように他の組合員とともに、同会社本社事務所で課長や係長に暴言を吐き、又同事務所内の部課長の机椅子などに名誉をき損するビラをはつたり、同事務所にそのような看板を立てたり(これらは同年三月二三日被申請会社と八光労組及び京都地連間に締結されたスト協定に違反する)し、更に同月一三日他の組合員とともに、右スト協定による非常用緊急車をみだりに出動させ、たまたま被申請会社祗園営業所に居合せた同会社営業部長申請外畑信太郎を無理やり右緊急車に押しこめて本社事務所にらつちし、同人に同所で午後九時から翌日の午前零時三〇分頃の深更に至るまで暴言を吐いてつるし上げを行い治療一〇日間を要する胸部その他数箇所の挫傷を負わせた上、以上について申請人外が無問責である旨の書面を強要して書かせたのであつて、このような申請人等の一連の所行がまさに本件解雇事由にあたり、それは就業規則第五六条第八号第九号にいわゆる「上司又は他の従業員に対し、暴行ないし暴言を加え、或いは強迫または強迫的言動をなした」ものであるとともに、刑事事犯にわたるもので既に昭和三六年七月三日強要、監禁、致傷として捜索逮捕を経たのである。従つて被申請人等の本件解雇事由にあたる所為は、せいぜい八光労組と被申請会社との間の団体交渉の前段階に生じたものであつて統一団交ないしは今次争議には全然関連がない。(c)そして又申請人等を解雇した事由は前記(b)のとおりの申請人等の所為であるが、本件第一協約の「今次争議に関連する一切の責任を問わない」との定めは、申請人等の所為のような刑事事犯にわたるものまでを含めて「一切の責任」と定めたものではなく、却つて、争議に派生した通常不可避の限度の責任は、それが正常な争議行為によるものである限り、不問に付する、との労働法上当然の原則を宣明したものである。(d)被申請会社が、昭和三六年七月三日に京都地連及び八光労組との間に「被申請会社は申請人等外の組合員の身分保障、賃金保障を行う」旨を記載した覚書たる文書を取交わしたことはあるけれども、同日右両者との間に団体交渉を行つたこともなければ、労働協約を締結したこともない。(e)第三協約第八条及び第一三条は、懲戒解雇についての定めではない。けだし(イ)懲戒解雇(特に刑事事犯にわたる所為をその解雇事由とする場合のそれ)にあつて被解雇者本人の意向を問うた上でこれをなすが如きことは、全く無意味であつて、論理的な矛盾を含んで居り、(ロ)高度の帰責事由あることを前提とするとの懲戒解雇の本質に鑑みると、もし会社組合同数の賞罰委員会の議によつてこれを行うべきであるとすれば、会社の経営権侵害に値する高度の帰責事由のある所為についても、なおかつ可否同数のまま当該行為者が懲戒解雇せられない事態も生じ得るわけであり、このことはひいて経営権そのものの否認につながり、到底現行法制の許容するところではないからである。(f)第三協約第一三条は、現に同条所定の賞罰規定が存しないから、協約当事者に対して、具体的にその効果を及ぼし得ない』

と述べ、

抗弁として、

(1) 仮に本件解雇が、申請人等主張のとおり申請人等の今次争議に関連する所為をその解雇事由とし、第一協約の「会社は今次争議に関連し組合員に一切の責任を問わない」との定めに牴触するとしても、申請人等の右所為はなおかつ前記一(b)記載のとおりのものでその責任は刑事事犯のそれであり、従つて第一協約の右の定めが、このような刑事事犯の責任を含め一切の責任を免除するものであるならば、公序良俗に反し、無効である。

(2) 仮に被申請会社と八光労組との間に昭和三六年七月三日申請人等主張の第二協約が結ばれたにしても、該協約締結は後記のとおりのもので、(イ)被申請会社の意思が欠缺し、(ロ)そうでないとしても、被申請会社が脅迫によりこれを締結したものなので、同年七月五日到達の書面で右組合にその取消の意思表示をしたから、同協約はその効力がない。同協約成立の事情は次のとおりである。即ち、同日午前五時頃被申請会社相原営業課長、嶌田総務課長が警察の要望で同会社事務所、運転者控室における捜索、逮捕に立会したところ、このことに端を発し、八光労組は京都地連傘下組合の応援を得て、午前七時頃から右両課長のつるし上げを始め罵倒雑言を続け、被申請会社代表者宮嶋茂の出社を強要し、同人が午前九時頃出社して社長室に入るや、同室内外に組合関係者多数が満員となつて怒声を発し、「警官の手入は会社に責任がある」「ストがすんだとき責任者を出さぬと言つたではないか」「直ちに一一名の釈放に努力せよ」「いうことをきかんと大変なことになるぞ。他の七社の車もとめてしまうぞ」などと絶叫し、告訴告発したおぼえのない会社側としてその旨を組合側に伝えても一向取りあつてくれず意外の事態に焦慮するばかりであつたうち、更に「監禁、致傷等がなかつたと言えばいいではないか」との趣旨の言辞を繰返すので、このような緊迫状態に堪えかね、やむなく右宮嶋や申請外畑が八光労組の威圧による強制裡に同組合との話合に入つたが、この話合は名は話合であるがその実組合側の一方的な強談が続けられたのみであつたばかりでなく、依然緊張した状勢下に時々刻々組合関係者の気勢が増して来、こうして昼食をぬいていた宮嶋、畑の両名は心身ともに憔忰の極に達したとともに、これ以上組合の要求を拒むと如何なる危険が生ずるかも知れない状態にまでなつたので、遂に午後八時三〇分頃組合の強制するまま、なんら労働協約締結の意思なく右宮嶋において組合の要求するままの事項を記載した覚書を作成した(右畑においては同様記と称する謝罪文を書かされた)のであつて、このような覚書により、このような状態の下で、成立したのが第二協約である

と述べた。(疎明省略)

理由

一、申請人倉橋が昭和二九年七月二〇日より、同東前が昭和三二年八月二六日より、同岩田が昭和三一年八月二四日より、同下間が昭和三〇年三月三日より、同青山が昭和三四年五月二九日より、同林が昭和三〇年三月一六日より、同井上が昭和三一年三月一六日より、同石田が雇われた日は別として、それぞれ被申請会社に自動車運転手として雇われ、勤務中であつたところ、いずれも昭和三六年七月一二日被申請会社から「同年七月三日逮捕捜索をみた強要、監禁、致傷事件並びにその他の責任による(就業規則第五六条違反)」との理由を以て懲戒解雇の通告をうけたこと、申請人等が八光労組の組合員であり、八光労組は京都地連をその上部団体としてこれに加盟し、京都地連は全自交をその上部団体としてこれに加盟していること、昭和三六年六月二八日(加盟組合の所属する被申請会社を含む八会社の代表団体である)交渉委員会と全自交及び京都地連間に第一協約が成立し、全自交及び京都地連は八光労組のため右協約締結権を有していたこと、右第一協約には「交渉委員会で取りきめた以外に各社で京都地連の了解を得ない限り特別な取扱を一切組合員に行わない、従つて条件の変更は双方の了解点に達した場合組合員全員にこれを適用する」「会社は今次争議に関連し組合員に一切の責任を問わない」と定めている(この定めのうち後者を以下単に本件免責条項という)こと、以上の事実は当事者間に争がない。

二、申請人等は、本件解雇は被申請会社において右第一協約の免責条項に反し、申請人等の今次争議に関連する所為につきその責めを問うたものであると主張し、被申請会社はこれを争うので、この点について考えてみる。

(一)  本件解雇の内容

前記当事者間に争のない事実と、成立に争のない疎甲第六号証、同第四三号証、疎乙第四号証ないし第七号証、検乙第一号証ないし第一四号証、証人畑信太郎、同嶌田和夫、同明石昭彦及び同宮嶋正男の各証言とを綜合すると、被申請会社が申請人等を解雇したのは、昭和三六年四月四日及び同月一三日の二回にわたる八光労組からの労働協約に関する件外諸件についての団体交渉の申入に対し、暫時留保方回答したところ、申請人等が誠意のない回答であるとして、その頃連日のように他の組合員とともに同会社本社事務所等で課長や係長に名誉を傷けるような言辞を弄し、同事務所内の部課長の机椅子その他事務所内外に同様会社幹部の名誉をきそんする文言のビラを張り、同事務所にそのような看板を立て、同月一三日には同会社営業所で営業部長である申請外畑信太郎に暴言を吐き、暴力を用いむりやり本社事務所に連れて行つて午後九時頃から翌日の午前零時三〇分頃まで脅迫がましい態度で暴言を吐きつづけ、その際治療に一〇日間を要する傷を負わせたばかりか、以上について申請人等外が無問責であるとの書面を作成させたりしたので、このような申請人等の所為が就業規則第五六条第七、八、九号にいわゆる「他の従業員の名誉をき損する言動をなし、上司または他の従業員に対し暴行ないし暴言を加え、或いは強迫又は強迫的言辞をなし」たものにあたるところから、そして又刑事事犯にあたるものを含むところから、これをなしたものであることが認められ、申請人倉橋本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は前顕各疎明と対比して措信しがたく、他に右認定を左右するに足る疎明はない。

(二)  第一協約成立の経過等

(1)  昭和三六年二月一日全自交、京都地連及び加盟組合が八会社に統一団交方申入れ、これに対し右各会社が交渉委員会により交渉に応ずる旨回答したこと、右交渉委員会が八会社の代表団体であり、同月二五日八光労組が京都地連に、京都地連が全自交に、それぞれ団体交渉権、協約締結権、団体行動に対する指令指示に関する権限を付与したこと、同年三月一三日を初回として統一団交が重ねられ、その間九七日間組合側の二四時間のハイタクストが反復継続されたが、同年六月二八日右交渉が妥結し第一協約の成立を見たこと、以上の事実は当事者間に争がない。

(2)  右当事者間に争のない事実と、成立に争のない疎甲第一一号証ないし第一三号証、同第一九号証及び同第三四号証、原本の存在並びにその成立につき争のない同第一五号証、証人金良清一、同伊坪福雄、同奥清、同竹内権次及び同宮嶋正男の各証言とを綜合すると、「(イ)京都地連は昭和三六年一月全自交の基本方針に基き同年度春斗につきその要求事項を完全月給制、一律歩合、完全八時間制、最低賃金制、道交法施行に伴う犠牲者の保障等を決定した。(ロ)同年二月一日全自交、京都地連、加盟組合が八会社に統一団交の申入をしたところ、八会社は同月二〇日頃これに応ずる旨回答し、(ハ)その後種々折衝があつて、同月二五日加盟組合は京都地連に、京都地連は全自交に、それぞれ団体交渉権、協約締結権並びに団体行動に対する指示指令に関する権限を付与し、八会社はそれぞれ各社から一名づつ選出された委員によつて構成された交渉委員会に代表権限を与え、同年三月一三日に全自交及び京都地連と交渉委員会との間に第一回の統一団交が行われた。(ニ)ところで該交渉は必ずしも円滑に進行せず、同月二四日に組合側はスト(爾後九七日にわたる二四時間のハイタクスト)に突入し、その後スト中ながら同年四月二日まで数回団交が行われはしたものの、同日から同月一七日まで事実上交渉は打切りの状態を続け、ようやく同月一八日交渉再開となつて、これが同月二九日に持越されたが、依然交渉は難航して、遂に五月一日会社側は交渉打切りを組合側に通告した。(ホ)そのため五月に入つてから地方労働委員会のあつ旋が行われたが、全自交はあつ旋は適切でないとの見地からその本部を京都に移して自主交渉の方針を打出し、会社側もこの方針に同調し、(ト)その結果同月二四日から再び統一団交が進展して六月二八日にその妥結を見、ここに本件第一協約が成立した」こと、が認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。

(三)  今次争議と申請人等の所為との関係

(1)  本件免責条項にいわゆる「今次争議」とは、その規定の文言体裁からして、なお又前記認定の本件第一協約成立の経緯からして、前記認定にかかる同協約成立の過程における争議行為及びこれに付属随伴する争議状態における行為をいうものと解するのを相当とする。

(2)  成立に争のない疎乙第三号証ないし同第六号証、疎甲第一四号証、同第三四号証、同第四四、四五号証、証人竹内権次の証言によりその成立の認められる疎甲第四一号証、同第五一号証及び同第五二号証、証人奥清、同山口寿宣、同宮嶋正男、同嶌田和夫及び同明石昭彦の各証言並びに申請人倉橋本人尋問の結果によると、前記認定の統一団交は昭和三六年四月二日事実上打切られ、その際次回の交渉期日は交渉委員会から組合側に通知することとなつていたところ、その後その通知がないままに打ち過ぎ、組合側としては、交渉再開に焦慮し、その手がかりとして交渉委員や交渉委員の選出された会社幹部等の所在を探索したが、これが知れなかつたばかりか、交渉委員会名義の争議行為切崩しの文書が出廻つたりし、そのため京都地連戦術委員会は(ちなみに同委員会は京都地連から斗争方策の決定指導をまかされていた)加盟組合に対し、統一団交再開促進の手段として、一点集中の要求、即ち「各組合が各職場で未解決の問題を取上げ、それを解決するよう各所属会社に要求すること、少くとも最低限度団体交渉を開けという要求をすること」を加盟組合に指示したこと、八光労組(前記認定のとおり同労組は他組合とともに京都地連に団体行動につき指示指令の権限を与えていた)は右戦術委員会の指示に基いて被申請会社に対し前記認定の昭和三六年四月四日及び同月一三日の労働協約に関する件外諸件について団体交渉方を申入れたが、該申入の趣旨とするところは、当時交渉委員や被申請会社代表者が所在不明であるなどの事情があつたことと相まち、同会社が統一団交の故に右申入に応じがたいというのであれば、これを契機に既に事実的に打切状態にある統一団交の速かな再開を同会社に要求するというのにあつたこと、ところで八光労組の右申入に対し、被申請会社は、統一団交に全力を傾注し忙殺されているのでこれを留保されたいと回答し、この申入及び回答は八光労組対被申請会社の団体交渉に限られ、かつ又前記(一)認定のような申請人等の所為は(それは昭和三六年三月二三日交渉委員会と京都地連との間に成立したスト協定に違反するものを含んでいるが)、さしあたりそのような団体交渉に関連付随して生起したものであることを認めることができ、右認定を左右するに足る疎明はない。

(3)  右認定(2)の事実及び前記認定の第一協約成立の経過の事実からすると、申請人等の前記所為は、直接には八光労組と被申請会社との団体交渉の案件をめぐり、これに付随するものであるが、(一般的に上部団体に所属する下部組合の組合員が、単位組合の労働争議行為(争議状態における行為を含む。以下同じ)をなした場合、上部団体も上部団体として争議中であつたとすれば、争議行為の性格からして、単位組合としての組合員の労働争議は、当然に上部団体の争議行為のうちに包摂せられるか否かの点についての判断は別として)、その団体交渉(以下本件単組団交という)は京都地連が統一団交の再開を促進する方策として八光労組にこれをなすことを指示したもの、即ち京都地連及び八光労組が統一団交にからむ争議行為の一環としたものであり、従つて申請人等の前記所為が単組団交の案件をめぐりこれに付随するということは、該所為と統一団交をめぐる争議行為との関係を断絶させる契機とはならず、却つて間接的なものであり、そして又統一団交再開の方策につらなるという限度においてではあるにしても、その所為が統一団交をめぐる争議行為に随伴するものとして関係があることを裏ずける次第であり、なお又ハイタクスト統一団交再開をめぐる斗争行為は京都地連及び八光労組を含む加盟組合が、そのことに当つているのであるから、結局申請人等の右所為は今次争議に関連するものと解するのを相当とする。なお成立に争のない疎甲第一四号証によると、統一団交に関する事項については各会社及び各加盟組合においてこれと別に団体交渉を行わない旨交渉委員会と京都地連で(昭和三六年三月九日)定めたことが認められるが、右定めは団体交渉自体に関するもので争議行為に直接関係はなく、かつ又そのような定めがあることだけで事実上発生した事態が何であるかは決定せられないのであるから、右認定を左右する疎明たり得ず、成立に争のない疎乙第一四号証は、その記載内容自体から新聞の報道記事に関するものであることが明で、申請人等の所為を法的に位置ずけるものでないことが明白であるから、右認定を左右するに足らない。

(四)  本件免責条項の免責の範囲、内容

(1)  前記疎甲第二号証及び同第一五号証、そのうち鉛筆書部分を除きその余の部分につき成立に争のない疎甲第二〇号証、証人金良清一の証言によつてその成立の認められる疎甲第四八号証の四、証人金良清一(ただし後記措信しない部分を除く)、同伊坪福雄(ただし後記措信しない部分を除く)及び証人宮嶋正男の各証言並びに被申請人会社代表者宮嶋茂本人尋問の結果(ただし後記措信しない部分を除く)によると、(イ)昭和三六年五月二四日に一旦打切られていた統一団交が再開せられてから、その後交渉は軌道に乗り、同年六月二二日労資双方立上り資金の件を残し、爾余の懸案についておおむね了解点に達した。(ロ)ところで、その際組合側は、五月六日頃から会社側関係者中今次争議につき組合員の職制のつるし上げ、車の無断使用、風呂場の鍵の破壊、団体交渉に際しての暴言等があつたのを問題にし、その責任を追求する旨発言する者があつたので、このような点の解決を見ない限り、前記のような諸懸案について了解がついても交渉妥結の見込みはないと考え、「今次争議に関し一切の責任を組合員に負わせない」との要求を持ち出し、その旨を書いた文書に署名を求めたところ、交渉委員会は委員並びに当日居合せた会社関係者と協議の上、委員長申請外竹内権次において、そのような免責事項は通例団体交渉妥結にあたつて慣行的に協定されるものであり本件統一団交も妥結に前進すべきであるとして「一切」とは何をさすかにつき特段の顧慮を払うことなく、一応右要求を呑み右文書に署名した。(ハ)ところで右の免責事項についての折衝が、これを除く当日の交渉を一応終了して夕食をとろうとする寸前に組合側から新たな提案があつてなされたことでもあり、又会社側関係者には申請外竹内権次の処置に強く異議を唱えるものもあり、そのため翌二三日労資双方は更に右免責事項について交渉を重ねたが、この交渉は、会社側関係者から前記のような職制のつるし上げ、車の無断使用、風呂場の鍵の破壊、団体交渉の際の組合員の暴言等当該会社の従業員である組合員のこれまでの争議にまつわる行過ぎ行為の事例をあげて免責に反対するとの強硬な意見が開陳された上で進められ、双方その代表者において折衝し、(双方当事者の内部においては種々意見の対立があつたものの、これを代表者において調整した結果)、結局、「仮に交渉が妥結しても、依然今次争議について組合員の責任が問われることがあるなら、長期にわたる該争議について一部問題の解決を将来にのばし、事後において労資双方が再び紛争をむし返す可能性を残存しておくこととなり、そのようなことでは、現段階において到底円満な交渉妥結は所期し得ない」との見地において一致し、組合側代表者は「組合員の重大な行き過ぎ行為については全自交執行委員長申請外伊坪福雄名義を以て謝罪文を出すから、会社は組合員に対し争議に関連し一切その責任を問わないこととする」との線を打出し、交渉委員会代表者は、この線によつて事態を解決することを諒承した。(ニ)こうして、昭和三六年六月二八日第一協約が締結された際、右の労資双方代表者の合意が、覚書を以て本件免責条項として協定せられ、かつ又申請外伊坪福雄は該合意に基き全自交執行委員長名義の謝罪文を作成し、右免責条項は各会社従業員である組合員に効力があるものとされた。(ホ)右五月二二、二三日の各統一団交のときから第一協約締結に至るまでの間を通じ、(A)交渉委員会は、(交渉委員及び八会社の内部において種々の意見があつたが、交渉妥結という目途のためこれを調整し)、交渉委員会としての内心の考えとして、「一切の責任」について、その行為に関しては、これを通常争議に付帯する紛争上の行為―例えばスト協定違反の所為、スト協定に違背してやると発言するその発言行為、多少のつるし上げ行為程度の行為であると考えていたが、スト協定違反の所為にしてもそれが刑事事犯にあたる場合に「一切」のうちに包含せられるかどうかについては明確にして居らず、その責任に関しては、解雇、損害賠償、その他民事刑事責任のいずれがこれに内包せられるかを明かにしていなかつたものであり、しかも組合側に対して、そのような内心の考えを外部的に表示して居なかつたとともに「一切」のうちには除外せらるべきものがあることや、それが具体的に何であるかなどを特定表示したことはなく、(B)被申請会社代表者宮嶋茂は(なお同人は五月二三、二四日の統一団交の場に居合せ、交渉委員会からの打合せにあずかつていた)、当時は前記認定の申請人等の本件解雇事由にあたる所為がなされた後のことに属していながら、直接にであるにしても交渉委員会を通じてであるにしても、組合側に対して、申請人等の右所為が刑事事犯にあたり、その責任は一切の責任から除外さるべきものであると申向けたことはなく、(C)結局こうして交渉委員会は、前記のような、職制のつるし上げ、車の無断使用、風呂場の鍵の破壊、団体交渉の際の組合員の暴言等が客観的外部的に表示せられている状況下にあつて、「一切」とはこれを含む一般的包括的のものとし、他方組合側は、交渉委員会の統一団交妥協のための会社関係者の各意見調整の労を多とし、交渉過程における内心の意図はこれを別にし、かつこれに代え右のように客観的に表示せられた行為等今次争議につき組合員の重大な行過ぎ行為が「一切」のうちに含まれることの確認を交渉委員会に確認せしめた上、「一切の責任」とはその文言どおり今次争議に関する一切の責任であるとして、別に刑事事犯の責任がふくまれることや責任内容が何であるかを表示することなくして、本件第一協約を締結したものであることを認めることができ、証人金良清一、同伊坪福雄及び被申請会社代表者宮嶋本人各尋問の結果中右認定に反する供述部分は、いずれも前顕各疎明と対比して措信しがたい。

(2)  してみると、「会社は今次争議に関連して組合員に一切の責任を問わない」との本件免責条項は、統一団交妥結の要請上、労資双方において、従来のゆきがかりや、その内心の考えはこれをすべて消除し、その免責の対象、責任の範囲内容についてなんら特段の除外例を設けることなくその文言どおりのものとして協約せられたのであり、なるほど、免責の対象として今次争議についての「職制のつるし上げ車の無断使用、風呂場の鍵の破壊、団体交渉の際の組合員の暴言」等の所為が含まれはするが、別段これらの行為だけにその対象を限定したものではなく、却つて広く一般的包括的に当該行為が今次争議に関連する限りこれに伴う責任に適用を見るものであり、そのような一般的包括的な定めでありながら、なおかつ今次争議全般につき労資間に具体的案件に関する紛争を今後に残さないため(前記のような風呂場の鍵の破壊等器物き棄にも当るような事例も勘案された上で)、特に当事者双方争議行為全部につきその責任を免除することを約定したもので、それを約定したと否とで別段当事者間に特別の意味を生ずることのない「正当な争議行為にはその責任を生じない」との労働法上の原則を宣明するために協定せられたものではなく、他方同条項の「責任を問わない」というのは、その責任の内容を具体的に定めることがなかつたところからして、広く組合及び組合員の不法行為ないしは債務不履行による損害賠償責任、組合員の従業員としての就業規則の懲戒事由にねざす使用者に対する責任を含め一切の責任を会社が追究しないことを定めたものと解するのを相当とする。

(五)  以上認定からすれば、本件解雇は、被申請会社において第一協約に反し申請人等に対し今次争議に関連してその責任を問うたものというべきである。

三、そこで抗弁(1)について判断する。

(一)  本件解雇事由にあたる申請人等の所為は前記二、(一)認定のとおりのものである。右認定の所為の内容自体から、その所為は刑事事犯にわたるものを含んでいることが明かである。

(二)  被申請会社は本件免責条項の定めが、申請人等の解雇事由による責任についても不問責であるというのであれば、刑事事犯の責任を免除する趣旨を含むから、公序良俗に反し無効であると主張する。

しかしながら

(1)  本件免責条項が、その行為の内容を特定せず、今次争議行為一般につき広く不法行為又は債務不履行による損害賠償責任あるいは就業規則の懲戒事由に該当する行為による使用者に対する責任等の免責を定めるものであること前記認定のとおりである。

(2)  そうだとすると、その不法行為ないしは解雇事由に該当する行為が刑事事犯にわたる場合があるにしても、その損害賠償請求権の抛棄ないしは解雇権の行使の制限は依然私法上の免責であつて、刑事上の責任の免責には当らない。

(3)  かつ又右不法行為ないしは解雇事由に該当する行為が刑事事犯にわたる場合、損害賠償請求権を抛棄しないしは解雇権の行使を制限するのは、その刑事事犯たる所為が将来なされ又はなされないことを条件とするものでない限り、原則的には公序良俗に反するものではない。そして上記認定に照らせば、本件免責条項についての協約は争議行為の終了と同時に締結せられたことが明かであるから、争議行為が刑事事犯に当るにしても、該行為には将来の生起、不生起ということはあり得ず、従つて又公序良俗違反に当ることはあり得ない。

(4)  なお仮に本件免責条項の「一切の責任」に刑事責任が含まれるにしても、もともと私人は刑事責任の追求権能がないから、その不追求を約したところで公序良俗違反は起り得ない。(もつとも、「刑事責任を問わない」との定めは、そのような追求権能のないことを対象としている点で、無意味のもの従つて無効のものであるが、協約は客観的合理的に解すべきであり、そのうちに無効部分がある場合、これを除外してもなおかつ有効であるか否かを検討し有効部分が残存する限りその効力を認めるべきものであるところ、本件免責条項の協定は上記認定事実に照らせば前記の無効の定めの部分を取除いても依然前記損害賠償請求権ないしは解雇権の抛棄あるいは行使制約を定める部分において有効と解すべきである。なお又右無効部分については前記のとおり公序良俗違反の問題は生じ得ず、従つてそのような公序良俗違反の無効が右有効部分の効力を左右することもない。)から該主張は爾余の点の判断をまつまでもなく、これを認めがたい。

(三)  よつて被申請会社の抗弁はこれを採用しない。

四、してみると、本件解雇は、本件第一協約に違反し無効のものと認むべきであるから、以下仮処分の必要性について検討する。

(一)  申請人石田が被申請会社に雇われた日時について当事者間に争が存するが、申請人等はその日時を昭和三一年一月一六日と主張し、被申請会社はこれを同月一一日と争つているのであるから、以下における同人の同会社における勤務年限の起算点等の判断に関する限り、申請人等主張のその日時につき当事者間に争がないものと解して差支えない。

(二)  前記当事者間に争のない申請人倉橋が昭和二九年七月二〇日より、同東前が昭和三二年八月二六日より、同岩田が昭和三一年八月二四日より、同下間が昭和三〇年三月三日より、同青山が昭和三四年五月二九日より、同林が昭和三〇年三月一六日より、同井上が昭和三一年三月一六日より、申請人石田が雇われた日は別として、それぞれ被申請会社に自動車運転手として雇われ勤務中であつた事実、右当事者間に争がないと解して差支えない申請人石田が被申請会社に雇われたのが昭和三一年一月一六日である事実、前記当事者間に争のない昭和三六年六月二八日第一協約が成立し、それが被申請会社と八光労組間に有効であり、かつ又申請人等が同組合組合員である事実と、前記疎甲第一一、一二号証、同第一五号証及び同第一九号証、証人藤原幸雄の証言によりその成立の認められる疎甲第一号証並びに証人藤原幸雄の証言とを綜合すると、昭和三六年六月二八日以降申請人等は本件第一協約の定めるところにより被申請会社から従業員としての給料をうくべきものであり、該協約は、別紙第三記載のとおりの勤続年数による本給と、別紙第四記載のとおりの水揚高にその水揚高に応ずる一定の歩率を乗じた能率給と、深夜手当、時間外勤務手当、休日出勤手当等労働基準法の定めるところによる基準外賃金との、総計を以て被申請会社自動車運転手の賃金としていること、ところで昭和三六年六月二八日現在における勤続年数は、申請人倉橋が六年以上七年未満、同東前が三年以上四年未満、同岩田が四年以上五年未満、同下間が六年以上七年未満、同青山が二年以上三年未満、同林が六年以上七年未満、同井上が五年以上六年未満、同石田が四年以上五年未満であり、水揚高は右協約成立に接着する同年一、二、三月を基準とすると、申請人倉橋が計一一三、九九六円(一箇月平均三七、九七六円、ただし円以下切捨、以下同じ)、同東前が計三〇七、四〇〇円(一箇月平均一〇二、四六六円)、同下間が計一八三、一六〇円(一箇月平均六一、〇五三円)、同岩田が計二九二、五五〇円(一箇月平均六一、〇五三円)、同青山が計二二二、八四〇円(一箇月平均一一一、四二〇円)(ただし申請人青山については、同年一月稼動していないので、同年二、三月の総水揚及びその平均額である)、同林が計二五三、五四〇円(一箇月平均八四、五一三円)、同井上が計二七三、六八〇円(一箇月平均九一、二二六円)、同石田が計三八七、〇〇〇円(一箇月平均一二九、〇〇〇円)であり、他方申請人等の深夜勤務が、一箇月につき二六日の稼働日中通常三七時間であるところ、その所定就労時間が休日を除き二〇六時間を通例としているので、従つて右協約の定めるところに従い、先づ申請人等の本給並びに能率給として、その各勤続年数並びに水揚高に応ずるものを算出し、次に申請人等の基準外賃金として労働基準法第三七条により右算出せられた本給並びに能率給の合計をそれぞれ就労時間数二〇六を以て除した上、これに深夜勤務時間数三七を乗じたものの二割五分を算出し、以上の本給、能率給及び基準外賃金を合計すると別紙第一記載のとおりの金額となり、これが申請人等が本件第一協約成立以降一箇月につき支給をうけるべき給料であること、本件第一協約の賃金についての規定の内容、体裁からして右各給料は月給として、毎月末日限り支払わるべきものであること、以上の事実をうかがうにかたくなく、右認定を左右するに足る疎明はない。

(三)  被申請会社が申請人等に昭和三六年七月一二日本件解雇の通告をして以来、同人等をその従業員として取扱わず、同人等に給料を支払つていないことは当事者間に争がない。

(四)  申請人倉橋本人尋問の結果によると、申請人等はいずれも賃金を主たる生計の資としているものであり、本件解雇をうけて以来生計の道を絶たれ困窮していることをうかがうにかたくなく、右認定を左右するに足る疎明はない。

(五)  以上の認定事実からすると、申請人等のように賃金を主たる生計の資としているものが、解雇が無効であるにかかわらず、従業員として取扱われないで就労もできなければ、又賃金の支払もうけられないのは重大な損害であると認められるから、主文第一、二項の仮処分をする必要があると認められる。

五、結論

以上のとおり、申請人等の本件申請は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木辰行 菅浩行 一之瀬健)

別紙第一

番号

氏名

金額

番号

氏名

金額

1

倉橋勇

二三、九二九円

5

井上利夫

二八、四六一円

2

東前良一

三〇、三八四

6

林和雄

二五、八七〇

3

岩田昭次

二九、九一五

7

清之こと下間清

二三、八二九

4

青山茂雄

三二、九六五

8

石田利夫

三八、九九四

(別紙第二ないし第四省略)

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